2019年08月02日

7月第四例会

N0.4 R1.7.25(木)第四例会

会長の時間

7月25日 諫早大水害
 昭和32年7月25日(1957年/62年前)、一昼夜の降雨量1,000ミリに及ぶ、局地的集中豪雨に襲われました。
 このため、本明川をはじめ、市内のすべての川という川が、大氾濫を起こしました。

 その被害たるや、わずか一夜にして、川沿いの集落、中央の市街地は一大修羅場と化し、死者・行方不明者539名、罹災者2万余名を出し、物的損害としては当時の金額で90億円にのぽる大惨状となりました。
 今でこそ、異常気象やその他の現代ならではの影響で、“かつて経験したことのない惨事”というものが、悲しいことに毎年のように、あちこちで見られるようになってしまいました。
 当時の人々の思いはいかばかりだったでしょうか。

 “諫早”という場所は、この時の大水害で、全国的に知られるようになってしまいました。それも、ラジオやテレビで。
 62年前のことなので、当時の惨状は、そのとき4〜5歳以上になっていた人なら、きっと覚えていることでしょう。
 子供なら、そのときの大人の慌てようが、より恐ろしかったかもしれません。


 高城公園内に昭和52年7月25日建立された諫早大水害復興記念碑には「大水害20周年を迎え感謝を込めて復興を喜び再びかかる災害のないことを祈念してこの碑を建立する」と刻まれています。
20190802a.jpg

昭和33年ごろの万灯川まつり
20190802b.jpg


合掌
posted by 諫早北ロータリークラブ at 11:06 | トピックス