2019年09月20日

9月第二例会

NO.10 R1.9.12(木)第2例会

会長の時間「のんのこ諫早まつり」

 もともと諫早には、春の「つつじ祭り」、夏は「諫早・川まつり」と「のんのこ祭り」、そして秋の「秋まつり」と、年間で四つの祭りがありました。
その内、「のんのこ祭り」と「秋まつり」については、それぞれの開催時期が近いということもあり、平成10年度からは、『のんのこ諫早まつり』という一つの祭りとして、新たなスタートを切ることとなりました。今年で第22回を数え、9月13日(前夜祭)より14日、15日の開催です。

 さて、「諫早のんのこ節」の歴史はというと、江戸時代の参勤交代での出来事が始まりだと言われています。

それは、諫早藩主が江戸参勤交代で、箱根の関所を通過中のこと、関所の役人が、不覚にも居眠りをしていたというのです。
通常、関所を通る際には、大鳥毛(オオトリゲ)や鎗などの道具類を、前方45度以上に傾けるのが決まりとなっていましたが、役人の声がかからないので、そのまま道具を傾けずに、所謂「立て道具のまま」通過していたというのです。
ところが、これに気付いた役人が、「天下の関所を、こともあろうに、立て道具のまま通るとは、これ何事ぞ。早々に引き返せ。」と怒鳴りました。

ところが、行列の最後尾にいた、足軽頭の小?与右衛門(コヤナギ ヨエモン)が、肩衣(カタギヌ)を脱ぎ、関所の玄関にわらじのまま片足を踏んで、あろうことか、「なぜ通らぬ前にとがめない。いやしくも、行列を引き返せと言うなら、まずは、職務怠慢であるその者らが、腹を召されよ。さらば行列を戻そうではないか。」と啖呵を切ると、役人は言葉に詰まり、行列は無事に関所を通過したというのです。
その後、関所から数キロほど離れたところで、行列の一行は道端の芝生に腰を下ろして、「立て道具のまま関所を越えたのは、未だかつて、吾が藩のみぞ。」と言って、祝杯を挙げたそうです。

そのとき、歌心のある藩士が即興で、『芝になりたや箱根の芝に、諸国大名の敷き芝に』と歌ったのが、『諫早のんのこ節』の元歌になったと伝えられています。




八江利春会員、県議会代表としてベトナム訪問。現地の新聞に掲載されました。
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posted by 諫早北ロータリークラブ at 15:03 | トピックス